“あいのち”とは
「あいのち」という名前には、ひとつに決めきれない、いくつもの意味と願いが重なっています。
愛の地——いのちが愛と温もりに包まれ、自分らしくいられる場所。
天意の智——外の正解だけを追うのではなく、本来そうなるようにできている自分の内側にある
静かな智に耳を澄ますこと。
安の治——治すことだけを急がず、まず安心できる環境を整え、本来の力が自然に働き始めること。
逢家——人と人が出逢い、違いを尊重したまま、ほっと帰ってこられる家のようなつながり。
安心——何者かにならなくても、『私は、私で良い』と思える土台。
あいのちに、一つの正解の意味はありません。
あなたが今、思い浮かべた「あいのち」が、あなたの今のあいのちです。
人、動物、自然、地域。それぞれのいのちが安心して輝き、互いの得意を持ち寄って支え合えるように。
一緒に、いろいろな「あいのち」をつくっていきましょう。
私は、私で良い。
人はみんな、違います。
感じ方も、心地よさも、得意なことも、苦手なことも、生きるリズムも違います。
それなのに私たちは、いつの間にか『こうあるべき』『みんなと同じように』『もっと頑張らなくちゃ』と、自分を周りに合わせることに一生懸命になっていることがあります。
でも、本当は…
私は、私で良い。
何かを足して、誰かのようになって、ようやく価値のある自分になるのではありません。安心も、生きる力も、その人らしさも、人は本来、必要なものをすでに持っています。
あいのちが大切にするのは、何かを足すことより、自分を覆ってきたものを少しずつほどくこと。安心できる環境のなかで、自分の感覚を思い出し、『私はこれが好き』『これは心地いい』『私はこうしたい』と、自分のいのちに聴いていくことです。
自分の中に安心が育つと、人との関わり方も、選ぶ場所も、生き方も、少しずつその人らしいものへ還っていきます。
一人の安心が家族へ、地域へ、そして世界へと静かに広がっていく。
私は、私で良い。
その安心から、世界の平和は始まります。
人は皆、MADE IN 子宮。
看護師・助産師として20年以上、さまざまないのちの物語に寄り添うなかで、私は「安心できる環境こそが、人の本来の力を引き出す」と氣づきました。
ここに辿り着くきっかけは、前立腺がんと顔面麻痺を患った父の存在です。「もう一度笑ってほしい。人生を楽しんでほしい」と願い、父に希望を与えてくれたオムニセラピーを学ぶことを決めました。しかし、施術を届ける前に父は旅立ちました。父が残してくれた私の使命は、目の前の一人のいのちが、安心して自分らしく輝ける環境を届け続けることでした。
その後、子宮セラピーの施術を重ね、自ら検証を続けながら、自分と向き合い続けました。人は皆、Made in 子宮。子宮(丹田)へ安心を届け、心身がゆるみ、本来の自分へ還る体験を分かち合いたい。その歩みの先に「あいのち」が生まれました。
いのちが安心して輝く環境をつくる。
安心して息をし、触れ合い、感じ、選べる環境があるとき、いのちは内にある力(本来の生きる力)を自然に動かしはじめます。私たちは、その輝きを曇らせるものをほどき、身軽ないのちの流れを次の世代へ手渡します。
それぞれの存在と個々の世界観を認め、敬い、ジャッジしない。過度な承認を求めたり、与えたりすることなく、想いを分かち合っても互いの内側へ入り込みすぎず、自分の正しさを押しつけない。互いに手を取り、支え合い、それぞれの得意を活かし合う。そうして、誰もが自分らしく輝きながら共存できる世界を取り戻し、そんな温かな、つながりのある環境とあり方を、次へと連鎖させていきます。
あいのちが大切にすること
何かを変えようとする前に、まず、いのちが安心できる環境を整えます。心と身体がゆるむとき、その人が本来持つ力は自然に動きはじめます。
個々の感じ方や世界観、境界を尊重します。決めつけず、入り込みすぎず、正しさを押しつけない関わりから、その人らしい輝きが育つ場をつくります。
施術・教育・福祉・動物・スポーツ・地域・企業。それぞれの得意を活かして手を取り合い、分野や立場を越えて、いのちが安心して輝く環境を共につくります。
あいのちにできること
高齢者・障害福祉・動物・スポーツ・施術者支援。からだと心が安心に還る関わりと場を育てます。
保育・学校・家庭・地域をつなぐ学びと場づくり。一人ひとりの感覚と可能性が芽吹く時間をつくります。
企業・自治体・地域・文化・商品・人材育成。分野を越えて、いのちを起点にした未来を形にします。